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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)56号 判決

原告 石原一美

被告 東京都知事・東京都

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告は、「被告東京都知事が、原告の昭和三九年五月二〇日附審査請求に対してなした棄却の裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。原告は、東京都大田東福祉事務所長が昭和三九年五月一五日附でした原告の生活保護法に基づく保護申請の却下処分につき、これを不服として、同月二〇日被告東京都知事に対し審査請求(以下本件請求という。)をした。その後同年六月二六日、同被告から東京都大田東福祉事務所長の弁明書の副本が送付されたので、原告はこれに対し同月二九日附反論書を提出した。

しかるに、被告東京都知事は、原告からの本件請求を受理した後五〇日を経過してもなんらの裁決をしない。そこで、原告は、生活保護法第六五条第二項により、被告東京都知事が本件請求を棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)をしたものとみなした。そうすると、本件裁決は、まず本件請求後五〇日以内になされなかつた点において生活保護法第六五条第一項に違反し、また裁決になんら理由が附されていない点において行政不服審査法第四一条第一項に違反し、さらに生活活保護第六六条第一項によれば、本件裁決に対しては厚生大臣に再審査請求をすることができるにもかかわらず、裁決にはその旨並びに再審査庁及び再審査期間の教示がないという点において行政不服審査法第四一条第二項に違反する違法な裁決である。

なお、被告東京都は、本件裁決に係る事務の帰属する公共団体であつて、生活保護に関する保護費等の費用を支弁し、かつ福祉に関する事務所を設けて生活保護等に関する事務を執行しているものであるから、本件裁決の取消しについては、被告東京都知事とならんで、被告適格を有するものである。

よつて被告両名に対し、請求の趣旨記載のような判決を求める。

二、被告ら指定代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり述べた。

(一)  被告東京都知事に対する訴について

原告が、被告東京都知事に対し本件請求をしたこと及び同被告がこれに対しいまだになんらの裁決をしていないことは認める。しかし、生活保護法第六五条第二項の規定は、審査請求人は審査請求が棄却された場合と同一の法律効果を主張できるという趣旨であり、具体的には同法第六六条の再審査請求をすることが認められたり、同法第六九条で規定する取消しの訴えにおける審査請求前置主義の適用が排除されることを意味するのであつて、この規定によつて裁決という行政処分が現実に存在するに至るわけではない。したがつて、取消しの対象たる裁決が存在しないのであるから本件訴えは不適法である。

(二)  被告東京都に対する訴えについて

行政事件訴訟法第一一条第一項によれば、裁決取消しの訴えは裁決をした行政庁を被告とすべきことが明らかであるから被告東京都は被告適格を有しない。よつて、被告東京都に対する訴えは不適法であるから却下されるべきである。

理由

一、原告が昭和三九年五月二〇日被告東京都知事に対して本件請求をしたこと及び同被告が本件請求があつた後五〇日を経過してもなんらの裁決をしないことについては当事者間に争いがない。

二、そこで、まず本件裁決が取消しの訴えの対象たる行政処分であるか否かについて判断する。生活保護法第六五条第二項にいう「審査請求を棄却したものとみなすことができる。」というのは、審査庁たる厚生大臣又は都道府県知事が審査請求後五〇日以内に裁決をしないときは、審査請求人をして、審査庁が審査請求を棄却する旨の裁決をしたものとみなし、かかる裁決があつた場合と法律上同一の効果を主張し、生活保護法第六六条第一項に基づき厚生大臣に対して再審査請求をし、あるいは同法第六九条に規定する取消訴訟における審査請求前置主義の要件を満したものとして保護の実施機関がした原処分の取消しの訴えを提起することを可能ならしめ、もつて審査庁が審査請求に対する判断を怠ることによつて違法不当な原処分の是正が遅延することを防止し、できる限りすみやかに再審査庁あるいは裁判所においてかかる原処分を是正し、審査請求人に適正妥当な保護を受けさせようという趣旨であり、かつそれにとどまるものと解すべく、それ以上に右みなし裁決を行政処分としてとらえ取消しの訴えの対象となしうることを認めたものと解すべきではなく、またその必要もない。けだし、行政事件訴訟法第一〇条第二項によれば、処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては処分の遠法を理由とすることはできず、裁決固有のかしを取消理由となしうるにすぎないのであるが、生活保護法第六五条第二項の規定によるみなし裁決については、裁決固有のかし、すなわち裁決期間の徒過、裁決の理由附記の欠缺、不服申立手続の教示の欠缺等はみなし裁決の性質上問題とする余地はなく、審査請求を棄却したものとみなした結論の適否及び当否が問題となりうるにすぎないから、かりに右みなし裁決が行政処分であるとしても、行政事件訴訟法第一〇条第二項との関係からいつて、右みなし裁決について取消しの訴えを提起する余地はないものというべく、したがつて、前述のように、右みなし裁決が取消訴訟の対象たる行政処分であることを否定しても、それによつてなんら審査請求人の権利救済の方法を制限することにもならないからである。したがつて審査請求人が生活保護法第六五条第二項の規定によつて審査庁たる厚生大臣又は都道府県知事が審査請求を棄却したものとみなしたときは、右審査請求が都道府県知事に対するものである場合にはさらに厚生大臣に再審査請求をし、あるいは直接裁判所に保護の実施機関がした原処分の取消しの訴えを提起すべきであつて、右規定によるみなし裁決の取消しを訴求することは許されないものというべきである。しかして、本件においては、原告は被告東京都知事に対し東京都大田東福祉事務所長のなした処分を不服として本件請求をしたところ、同被告は請求後五〇日を経過してもなんらの裁決をしないので、生活保護法第六五条第二項の規定により同被告が本件請求を棄却する旨の裁決をしたものとみなすというのであるから、原告は厚生大臣に再審査請求をするかあるいは裁判所に東京都大田東福祉事務所長のした処分の取消しの訴えを提起すべきであり、本件みなし裁決の取消しを求める本件訴えは不適法である。

三、それのみならず、被告東京都に対する本件訴えは次の点においても不適法である。すなわち、行政事件訴訟法第一一条によれば、裁決取消しの訴えは裁決をした行政庁を被告とすべく、ただ裁決をした行政庁がすでになく、かつその権限を承継した行政庁もない場合にのみ当該裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体を被告となしうるにすぎない。しかるに本件裁決をしたものとみなされた行政庁は被告東京都知事であるところ、同被告は依然として本件裁決に関する権限を失つていないのであるから、被告東京都が被告適格を有しないこと明らかである。よつて、被告東京都に対する本件訴えは、この点においても不適法として却下を免れない。

四、以上の理由により、被告東京都知事及び同東京都に対する本件訴えはいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高林克巳 龍岡稔 石井健吾)

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